逆境を生きる 城山三郎
逆境を生きる 城山三郎
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城山三郎の講演会を書籍化したもの。
浜口雄幸元首相、広田弘毅元首相、渋沢栄一、田中正造、毛利元就、伊達政宗らの生き様を通して、人間の“真の魅力”とは何かを問いかける講演録。
1 初心が魅力をつくる。
逆境にあっても、今ある自分に安住せずに、人の話を聞いて、人から学ぶ。
発信だけでなく、受信能力が、生き抜く上で大切。
2 人はその性格に合った事件にしか合わない
逆境に置かれても、逆境を意識する暇がない。
与えられた仕事が面白くなければ、自分で作り切り開いていく。
3 魅力ある指導の条件
中曽根元首相は、やる気、地味にしている、責任感が強い、大局をつかむ力、先見性、懐の深さと回答。
王蒙さんは、強い意志、慎重さ、程度を見極める力と回答。
伊達政宗は人間通、人間観察の名人、順応性が高い、無所属の自分だけの世界を持つ、と城山三郎氏は書いている。
4 父から息子へ伝えるべき事項
キングスレイ・ウォード『ビジネスマンの父から息子への30の手紙』より、
・準備。 初めての人と会う前に、その人のことを十分知っておけ。
・挑戦。 失敗は取り返しができるが、やってみないことが最大の失敗。取り返しのできない唯一の失敗は、挑まないこと。
・人に信頼される人間になれ。
・想像力。人間を見極める目。人間通。自分の信念を守る強い勇気を持つ。
情報の重要性。人脈、見聞、感性の重要性。
危険を避けないが安全確保の幅を広げておく。 逃げ道。
動きが早すぎてはダメ。必ずミスが起こる。
愚痴は言うな。得意になることは5分で忘れ、嘆きべくことは1秒で忘れろ。
作家に求められることは、愚痴や信条ではなくて、作品の世界に無限の努力で打ち込むこと。
5 少しだけ無理をしてみる。
6 自ら計らわず
7 人間への尽きせぬ興味
8 強く生きる。
自分と合わない人間でも、その人の生き方とか、生きている姿勢に興味を覚え理解していく。必ず自分の戦力になっていくもの。
これからの時代に生きていくには、まず人は蟻にならくちゃいけない。
つまり蟻のように孜孜営々と黙々と働くことが必要だ。
蟻→トンボ(複眼)→人間 豊、魅力的、人として愛されなくてはいけない。
人間を支える三本の柱 充実させておけば一本柱が揺れ動いても支えてくれる。
・セルフself 自分だけの世界:読書、音楽鑑賞、絵を見たり描いたり。
・インティマーシー:親近性、仲間、家族、友人等。
・アチーブメンント:達成、目標。
印象に残ったのは 著書「落日も燃ゆ」という小説の中で書かれた広田弘毅氏。
(「落日も燃ゆ」は、明治、大正、昭和と外交官から外務大臣、首相になった生涯を描いた作品)。
城山氏は、広田興毅氏を戦争を起こさないよう最大限努力した人という。
広田は外交官出身で二・二六事件の後で総理大臣になっている。
東京裁判ではA級戦犯で死刑になった7人の中で、軍人でないのは広田弘毅元首相の一人。
広田は右翼と軍隊がクーデターで政府を倒そうとした二・二六事件の後で、実行犯や首謀者に対し、きちっとした決着をつけている。
これはそれまでの総理がやらなかったこと。
三国同盟でも、ぎりぎりまでイギリスや他の国も引き込んで、共産主義に反対するための同盟にしようと努力していた。
総理大臣になってから、新居を探そうとすると、他の人が是非にと持ち込んでくる土地が、少しでも安いと断ってしまいます。
「なぜなら自分は政治家だから」
また、戦後になって、協和外交で戦争を回避しよう苦慮し、各国などに働きかけようとしたが、西園寺公望、総理大臣を選ぶ元老という立場にあって、広田はもう限度いっぱい軍部に抵抗し、あれ以上のことをやったら憲法が壊れてしまう、と証言しているそうだ。
広田は総理の座から去った後、林内閣を挟んで、近衛文麿が総理大臣になった時に要請され、外務大臣になった。
この時にシナ事変が起き、南京大虐殺が起こった。
戦争は回避できず、戦後はただ一人の文官として、戦犯扱いされた。
文官が軍人をシビリアンコントロールしているというのが外国の考えだった。
近衛はすでに自殺していたりして、結局、広田まで遡ってきた。
太平洋戦争前に彼はもう辞任して何もしていないのに、死刑になった。
広田は東京裁判に出廷した時も、いっさい自分の弁解はしなかった。
東京裁判中、被告として自己弁護をするために証言台には立たなかった。
自分が話せば、誰かが不利になると思い、自己弁護しないで、検事が言うことや他の人が
言うことを全部承認してしまう。
広田がこう命令した、こういう悪いことをしたと検事が告発し、それに対しても一切反駁しなかった。
広田は自分が全ての罪をかぶっていれば、天皇には罪がいかないだろうという判断。
検事の質問に対して、広田は「それを承認しました」「その通りです」といい続けた。
ほとんどの人は広田は無罪になるだろうとみていたが、判決は死刑だった。
キーナン主席検事までが、「なんというばかげた判決か」と言っているくらい、死刑を覚悟していたとしか思えない。
死刑になることで天皇をかばい、そうすることで、いわば戦後日本の出発を、一身に引き受けようとしていた。
そのことをいちばん深くわかっていたのは広田の奥さん、静子さんだった。
東京裁判の審理が終わって、あとは判決を待つばかりとなった日、
「今日で裁判が終わったんですから、区切りと思ってお父さまのお好きな五目御飯を炊いて、みんなで食べましょう」とみんなで食べたの夜は話がはずんだ。
そして、翌朝、静子さんは布団の中で死去亡。酸カリをのんで自殺。遺書はなかった。
広田は地位や名誉を求めてあくせくしないし、利己的なところがなく、金銭にきれいだし、卑
しさがない。淡白度が高い。ついには自分の命を捨てることにさえてん淡としていられるくらい、きわめて淡白でいられる人。それが彼の魅力を形作った、最大の要素かもしれない、と書かれている。
著書「男の本壊」という小説に書かれ、魅力、強さ、情熱、理想主義、プラス努力の人。
昭和のはじめに総理大臣となるが、金解禁、軍縮、緊縮財政を成し遂げた、昭和5年(1930年)に、東京駅で銃弾を受ける。
その後暫くして、その傷が元で亡くなる。
「自分は一身を燃焼させて、命を懸けてやってきたから、ここで斃れても、男子の本壊だ」と言ったそうです。
ライオン宰相と呼ばれた彼は、風貌はいかつく、またもともと無口であったそうですが、 情熱と努力の人だったそうです。
組閣は、性格も異なり面識もなかった、日銀の井上準之助を大蔵大臣によぼうとしますが、井上氏は難色を示す。浜口氏は彼を口説く。
「財政整理(公務員の一割減棒)をやればうらみを買う。軍縮をやれば、軍部のうらみを買う。デフレ政策をやるが、推進して命が助かったものはいない」
「しかし、死を覚悟してやる、自分と一緒に死んでくれないか」
そして、井上氏は申し出を受け入れる。
浜口氏の言葉、
「政治は国民道徳の最高標準たるべし」
「もっともっと多数の国民のためになる方法はないかと、右からも左からも上からも下からも考え抜くことだ」
本来、彼は政治家向きではなかったそうですし、大蔵官僚だったころあちこち地方にとばされたそうですが、どこに行ってもイギリスから「タイムズ」を取り続けていたそうです。
もう東京へ帰れないとあきらめるのではなく、目線はつねに高く、時代の流れの先端とか大局をつかむ努力は忘れない。
ようやく地方から、大蔵省本省に戻されると、塩業の官業化を行う担当を命じられます民間から恨まれてしまう。
それでも、2年後、役所特有の異動がありますが、次の昇進ポストをことわって、塩業の仕事を引き続きやらせてくれと言う 。
好きじゃないけれども、やりにくい仕事だから、やり遂げるまで替わるわけにはいかないと言う。
また、政治家になったら演説をしなければいけないということで、無口な彼は、人の演説をきいてまわる、海へ行って演説の稽古をします。
草稿は自分でつくりますし、演説の約束をしたら、かならず行きますし、丁寧にしつぎ応答をします。
台風で道が閉ざされたら、車を捨てて、歩いて夜中の二時に会場に辿りついたそうです
そんな姿勢から、やがて総理大臣に推されるようになり、冒頭に挙げたように、野党からも自分たちのやることがなくなってしまうと言われるような政策を実現していきます。
先人達の生き方から、逆境を生きるヒントを探り、学ぶべきことが沢山書かれています。
「人間はある意味実に弱いものだから、いろんな工夫をして、弱い自分を支えていかなくちゃならない。」という城山さんの言葉に、共感した。
著書の中で、莫迦 という文字が、目についたので、調べて見ました。
ばか 【馬鹿・莫迦】
〔梵 moha(愚の意)の転か。もと僧侶の隠語。「馬鹿」は当て字〕
一
( 名 ・形動 ) [文] ナリ
① 知能の働きがにぶい・こと(さま)。そのような人をもいう。 ⇔ 利口 「 -な奴(やつ)」
② 道理・常識からはずれていること。常軌を逸していること。また、そのさま。 「そんな-な話はない」 「 -を言うな」
③ 程度が並はずれているさま。度はずれているさま。 → 馬鹿に
④ 役に立たないさま。機能を果たさないさま。 「スイッチが-になる」
⑤ 特定の物事に熱中するあまり、社会常識などに欠けること。 「学者-」 「専門-」 「親-」
⑥ 名詞・形容動詞・形容詞の上に付いて、接頭語的に用い、度はずれているさまの意を表す。 「 -ていねい」 「 -正直」 「 -騒ぎ」 「 -笑い」 「 -でかい」 〔 (1) 並はずれてお人よしなさまを親しみを込めて言う。また遠慮のない間柄の人に対して、その不手際を批判する際に親しみを込めて用いる。「そんなことをするなんて、あいつも-だな」「あの-がいつまで待たせるんだ」 (2) 「そんなばかな」の形で、その事態が成立するはずがないという意を、驚きあきれた気持ちを込めて言う。「そんな-な、まだ着いていないの」〕
二
( 感 )
相手をののしったり、制止したりするとき発する言葉。 「 -、やめろ」
(1) 「ばーか」と伸ばして発音すると、相手を軽蔑する気持ちを表す。
(2) 「ばかばか」の形で、若い女性が親しい男性に対して、その意地悪な言動などを愛情を込めて批判する場合に用いる。「私の気持ちを知らないなんて、--」
また『バカ』の語源は、様々な説があるようです。
① バカは「莫迦」という漢字で表わすことができます。
この莫迦はサンスクリット語で「無知・迷妄」を意味する「baka」
② 古代中国 秦の時代に若い皇帝を操り、強力な権力を握っていたと
云われる宦官 趙高が皇帝に「これは馬でございます」と
言って鹿を献上したところ皇帝は驚き
「これは鹿でござろう?」と周りの群臣達に尋ねたところ
群臣達は、趙高の権勢を恐れ皇帝に、鹿を馬と言った。
この史記にある故事に因んで、バカを「馬鹿」というように
なった。
③ むかし支那に「馬」という姓の富豪の一族がいて、
くだらないことにお金を湯水のごとく使い、その家が荒れ放題になったという
白居易の詩の一説から生まれた説で、馬家の者から「馬鹿者」になったと云われる。
④ 禅の経典に出てくる「破家」(破産するという意味)に「者」をつけ
「破産するほど愚かな者」ということから「馬鹿者」という言葉が生まれた。
他にも様々な説があるようですが、どれも確定的なものではないようです。
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